陸上トラックは、なぜ半径36.5mなのか ― 内側にサッカー場が入る大きさ
9月23日、名古屋でアジア大会の陸上競技が始まります。あの楕円は、半径36.50mの半円2つと84.39mの直線2本でできています。この配分の裏には、内側に105m×68mを収めるという事情がありました。
この記事の要点
- 国際規格の400mトラックは、半径36.50mの半円2つと、84.39mの直走路2本でできています。
- この配分は、内側のフィールドに投てき種目と105m×68mのサッカー場が収まることと結びついています。
- レーンが1つ外側になるごとに1周は約7.67m長くなります。この差は直走路の長さとは無関係で、円周率とレーン幅1.22mだけで決まります。
比率の正体 ― 半径36.50mと直線84.39m
9月23日から、名古屋のパロマ瑞穂スタジアムで愛知・名古屋2026アジア競技大会の陸上競技が始まります。テレビに映るあの楕円は、世界中どこでもほぼ同じ形をしています。偶然ではありません。寸法が国際規格で決まっているからです。
ワールドアスレティックス(世界陸連)の競技規則では、標準トラックの1周を400mと定めています。レーンの幅は1.22m±0.01mで、右側の白線を含みます。白線の幅は50mmです。
そして同連盟の施設マニュアルは、標準の400mトラックを「半径36.50mの半円2つ」と「それぞれ84.39mの直走路2本」の組み合わせと定義しています。この2つの数字が、トラックの形のすべてです。
距離を測る位置も決まっています。縁石がある曲走路では、縁石から30cm外側を走ると想定して測ります。第2レーン以降は、内側の白線の外縁から20cm外側です。
なぜこの配分が最適なのか ― 内側に105m×68mが要る
1周400mをつくる組み合わせは、無数にあります。直走路を長くすれば、その分だけ曲走路の半径は小さくなります。実際に計算してみます。
| 直走路の長さ | 必要な曲走路の半径(縁石) |
|---|---|
| 80.00 m | 約 37.90 m |
| 84.39 m | 36.50 m(標準) |
| 90.00 m | 約 34.71 m |
| 100.00 m | 約 31.53 m |
どれも1周は400mになります。ではなぜ36.50mなのでしょうか。施設マニュアルは「経験上、最も適した400m走路は半径35mから38mの間でつくられ、最適値は36.50mである」としています。理由は大きく2つの面から説明できます。
1つは、走る側の事情です。曲走路では、体を内側に傾けて円を描く必要があります。半径が小さいほど、その力は大きくなります。仮に秒速10mで走るとすると、第1レーンの半径36.80mでは中心へ向かう加速度が約2.72m/s²になります。重力加速度のおよそ28%です。半径を小さくすれば、この負担はさらに増えます。
もう1つは、内側のフィールドの事情です。こちらのほうが、形を強く縛っています。施設マニュアルは、半径36.50mの利点として「トラックの内側が、すべての投てき種目と標準的なサッカー場(68m×105m)を収めるのに十分な広さになる」と説明しています。
長さのほうには余裕があります。84.39+2×36.50=157.39mですから、105mのピッチを置いても前後に26mずつ残ります。形を強く縛っているのは長さではなく幅だと言えます。
レーンの差は、πとレーン幅だけで決まる
1周400mなのは第1レーンだけです。外側のレーンは、曲走路の半径が大きい分だけ長くなります。ここに、この規格でいちばん美しい性質があります。
レーン1つ分、半径が1.22m大きくなると、1周は円周の差だけ長くなります。
この式に、直走路の長さは出てきません。直線部分は内側でも外側でも同じ長さだからです。トラックの縦横の比をどう変えても、レーン幅が1.22mであるかぎり、レーン間の差は約7.67mで変わりません。
例外は第1レーンと第2レーンの間だけです。ここは差が7.04mとやや小さくなります。第1レーンは縁石から30cm、第2レーンは白線から20cmと、測る位置が10cm違うためです。円周にすると2π×0.10=0.63m分だけ縮みます。
400mや200mでスタート位置が階段状にずれているのは、この差を打ち消すためです。曲走路を2つ通る400mでは、第8レーンの選手は第1レーンの選手より約53.0m前からスタートします。200mは曲走路を1つしか通らないので、ずれはおよそその半分になります。
数字で見る ― 各レーンの1周
| レーン | 計測線の半径 | 1周 | 第1レーンとの差 |
|---|---|---|---|
| 1 | 36.80 m | 400.00 m | ― |
| 2 | 37.92 m | 407.04 m | +7.04 m |
| 3 | 39.14 m | 414.70 m | +14.70 m |
| 4 | 40.36 m | 422.37 m | +22.37 m |
| 5 | 41.58 m | 430.03 m | +30.03 m |
| 6 | 42.80 m | 437.70 m | +37.70 m |
| 7 | 44.02 m | 445.37 m | +45.37 m |
| 8 | 45.24 m | 453.03 m | +53.03 m |
日本陸上競技連盟のハンドブックには、直走路80m・半径37.898mという別配分のトラックで同じ計算をした表が載っています。そちらは第1レーン400.00566m、第8レーン453.03588mです。配分が違っても1周と各レーンの差がほぼ変わらないのは、どちらも1周400mに合わせて設計され、レーン幅が同じ1.22mだからです。
俗説・誤解チェック
確かめてみます。第1レーンの直線部分の合計は168.78m、曲線部分の合計は231.22mです。比は1対1.370で、黄金比の1.618ではありません。8レーンのトラック全体の外形は、長さ176.91m、幅92.52mで、比は1.912です。規格そのものである36.50mと84.39mの比も、1対2.312です。
どこを測っても黄金比は出てきません。この形を強く方向づけたのは美意識ではなく、サッカー場をはじめとする他競技の寸法と、人が走れる曲走路の限界だと考えられます。
走る距離は、スタート位置をずらすことで揃えられています。ただし曲走路の半径は揃いません。外側ほど曲がりがゆるく、身体への負担は小さくなります。一方で、前を走る相手が見えないという不利もあります。どちらの影響が大きいかは種目や選手によって変わるとされ、一律に有利不利を言うことはできません。
黄金比研究所の見立て
400mトラックの形は、2つの数字のせめぎ合いの結果です。曲走路の半径を大きくしたいという走る側の要求と、内側に73mの幅を確保したいという競技場の要求。その交点が、半径36.50mと直走路84.39mでした。
面白いのは、この妥協が別のところで思わぬ整理をもたらしている点です。レーン間の距離差は、円周率とレーン幅だけで決まります。トラックの形がどうであれ、世界中のスタッガーは同じ数字で計算できます。規格を1つ固定したことで、残りが一気に単純になったわけです。
美しい比とは、見た目が整っている比のことではないのかもしれません。複数の要求が同時に満たされる、ぎりぎりの1点。36.50mという半径は、その種類の「最適」です。
出典・参考資料
- Technical Rules (Book C2.1) Rule 14World Athletics
- Track and Field Facilities Manual 2019 Edition, Chapters 1-3(2.2.1.1 The 400m Standard Track)World Athletics
- 陸上競技ルールブック「陸上競技場と道路コース」日本陸上競技連盟
- 愛知・名古屋2026アジア競技大会(第20回アジア競技大会)日本陸上競技連盟