黄金比研究所Golden Ratio Lab
φ⁴:1 黄金比の4乗(約6.854)
黄金比

1種類で埋め尽くすタイルは、なぜ裏返しが要るのか ― 黄金比の4乗が決める割合

2023年に見つかった「ハット」は、1種類だけで平面を埋められるのに模様が決して繰り返さないタイルです。ただし裏返しも必要で、その割合は黄金比の4乗、約6.854対1。2026年には光の実験も報告されました。

2026年9月20日文・黄金比研究所編集部

ハットは1種類。ただし「裏返し」が 12.7% だけ混じる 2023年に見つかった13辺のタイル。1種類で平面を埋められるが、模様は決して繰り返さない この範囲は51枚(表向き46/裏返し5)。裏返しは まばらに散り、広げるほど12.7%に近づく 1枚のかたち カイト8枚をつないだ13辺の多角形 表向き : 裏返し 6.854… 1 φ⁴ = 6.854101966… : 1 整数の比にできないので、 どこまで広げても模様は繰り返せない 図:黄金比研究所
ハットの敷き詰め51枚。金色が裏返しで、まばらに、かたよりなく散る。表向きとの比は黄金比の4乗(約6.854)対1に近づく

この記事の要点

  • 「ハット」は、たった1種類で平面をすき間なく埋められるのに、模様が決して繰り返さないタイルです。2023年に見つかりました。
  • 埋めるには裏返した向きも必要です。表向きと裏返しの枚数の比は、黄金比の4乗=約6.854対1になります。
  • この比が整数どうしの比にならないことが、「繰り返せない」ことの手がかりになっています。2026年には、この形を使った光の実験も報告されました。

「ハット」という13辺のタイル

床にタイルを敷くとき、ふつうは同じ模様が周期的にくり返します。正方形でも、正六角形でも、少しずらした平行四辺形でも同じです。では、1種類のタイルだけを使って、すき間も重なりもなく平面を埋めながら、どこまで行っても同じ模様が戻ってこないようにできるでしょうか。

この問いは「アインシュタイン問題」と呼ばれてきました。物理学者の名前ではなく、ドイツ語の「ein Stein(ひとつの石)」に引っかけた呼び名です。60年ほど未解決でした。

2023年3月、その答えとなる形が発表されました。愛称は「ハット」。最初に見つけたのは、イギリス・ヨークシャーの元印刷技師でアマチュア数学者のデイビッド・スミス氏です。そこにジョセフ・S・マイヤーズ氏(イギリス)、クレイグ・S・カプラン氏(カナダ・ウォータールー大学)、カイム・グッドマン=シュトラウス氏(アメリカ・国立数学博物館)が加わり、4人で論文にまとめました。査読を経て、2024年に数学誌『Combinatorial Theory』に掲載されています。

形そのものは意外なほど素朴です。60°・90°・120°・90°の角を持つ凧形(カイト)を8枚、辺どうしでつないだだけ。できあがるのは13本の辺を持つ多角形です。

カイトは、正六角形の中心と各辺の中点を結んで6等分したときにできる形です。ハットはこのカイト8枚ぶんの面積しかありません。

ただし、ひとつ条件があります。ハットだけで平面を埋めようとすると、裏返したハットも必ず混ざるのです。そして、その混ざる割合が決まっています。

なぜ6.854対1になるのか

ハットの敷き詰めには、入れ子の構造があります。ばらばらに見えるタイルを、4種類のまとまりにグループ分けできるのです。論文の著者らはこれを「メタタイル」と呼び、H・T・P・Fと名づけました。

面白いのはその先です。4種類のまとまりを寄せ集めると、それ自体がひと回り大きい同じ4種類のまとまりになります。さらに寄せ集めれば、もっと大きい4種類になる。この操作をいくらでも続けられるので、模様は同じ大きさに戻ってきません。これが「繰り返さない」ことの正体です。

ここで枚数を数えてみます。Hは4枚のハットからできていて、そのうち中央の1枚だけが裏返しです。T・P・Fはすべて表向きで、それぞれ1枚・2枚・2枚。つまり裏返しはHの中にしか現れません

まとまりの個数比は、入れ子の操作をくり返すうちに一定の値に落ち着きます。デューク大学のジョシュア・ソコラー氏は2023年の論文で、その比を次のように示しました。

H : T : P : F = φ4 : 1 : 3φ : 3φ2φは黄金比 1.6180339887…。入れ子操作で面積は φ4 倍になる

あとは掛け算です。裏返しの枚数はHの個数そのもの。表向きの枚数は、Hの3枚ぶんにT・P・Fを足したものになります。

数字を確かめる

黄金比φには、φ2=φ+1という性質があります。これを使うと、φ4=3φ+2、φ8=21φ+13と書き直せます。表向きの枚数を計算してみます。

4 + 1 + 2×3φ + 2×3φ2 = 21φ + 13 = φ8左から順に H・T・P・F に含まれる表向きの枚数

裏返しの枚数はφ4ですから、比は φ8 : φ4、約分すると φ4 : 1 です。数字にすると 6.854101966… 対 1。全体に占める裏返しの割合は、1÷(1+φ4)=12.73%になります。およそ7.85枚に1枚、ざっくり8枚に1枚です。

黄金比 φ1.6180339887…
φ46.854101966…
表向き : 裏返し6.854… : 1
裏返しの割合12.73%

冒頭の図は、実際に51枚を並べた範囲です。裏返しは5枚、割合は9.8%でした。12.73%より少なく見えますが、これは範囲が狭いためです。端の影響を受けにくい広い範囲で数えるほど、比は6.854対1に近づきます。

大事なのは、この6.854…が整数どうしの比にならないことです。もし模様が周期的にくり返すなら、くり返しの1区画に表向きが何枚、裏返しが何枚と数え上げられるはずで、比は必ず整数どうしの比になります。φ4は無理数なので、それができません。論文の厳密な証明はもっと手が込んでいますが、直感的にはこう受け取れます。

2023年の発見と、2026年の光の実験

「何種類あれば繰り返さない敷き詰めができるか」という問いは、少しずつ種類を減らしてきた歴史でもあります。1960年代には2万種類を超える組が知られ、1970年代にロジャー・ペンローズ氏が2種類まで減らしました。ペンローズのタイルも黄金比と縁の深い形です。そこから1種類までは、およそ50年かかりました。

ハットの発表から2か月後、同じ著者らは「スペクター」という別の形も示しました。こちらは裏返しを使わずに敷き詰められる版です。

そして2026年7月、この形が数学の外に出ました。東京大学生産技術研究所、東京科学大学、NTTの研究グループが、ハットの配置にならって窒化シリコンの薄膜に約37万個の穴を開けたナノ構造を作り、レーザー光を当てたのです。観測されたのは、風車のように回った回折模様でした。しかも鏡に映した構造を作ると、光の応答も逆向きになりました。研究成果は『Nature Communications』に掲載されています。

鏡映対称性を持たない構造だから回折像もキラル(左右の区別がある)になる、というのが論文の説明です。数学の側でも、ハットが多い敷き詰めを鏡に映すと、裏返しが多い別物の敷き詰めになることが指摘されています。裏返しが表向きと1対1では混ざらず、φ4対1という偏った割合でしか現れないこと。それが、この左右の非対称さの根にあると考えられます。

よくある誤解

「ハットに黄金比が出てくるのは、美しく設計されたからだ」

順番が逆とされています。ハットはカイト8枚をつないだだけの形で、黄金比を狙って作られたものではありません。φが出てくるのは、入れ子の操作が持つ倍率から決まるものです。「美しいからφ」ではなく、「繰り返さないためにφ」に近い関係です。

もうひとつ。「1種類で敷き詰められる」と「裏返しがいらない」は別の話です。裏返したハットを別のタイルと数えるなら2種類ではないか、という指摘は発表直後からありました。この議論があったからこそ、裏返し不要のスペクターが探されたのです。

なお、ハットの敷き詰めには唯一の正解があるわけではありません。並べ方は無数にあります。それでも、裏返しの割合だけはどの並べ方でも同じ値に近づく、というのがこの記事の比率です(全体を鏡に映したものは、表向きと裏返しが入れかわります)。

黄金比研究所の見立て

判定は「黄金比」です。ただし、よく語られる「黄金比=美の比率」とはまったく別の顔をしています。

A4の紙の1:√2も、コーヒーの粉1にお湯18も、人が決めた比率でした。都合に合わせて選び直すこともできます。ハットのφ4対1は違います。形が決まった瞬間に、人の意図とは無関係に決まってしまう比率です。誰かが「6.854対1にしよう」と決めたわけではありません。

黄金比が本当に働いている場面には、共通点があるようです。ひまわりの種の137.5°も、ここでの6.854対1も、「きれいに割り切れないこと」そのものが役に立っています。割り切れる比だと、種は同じ方向に重なってしまう。割り切れる比だと、模様はくり返してしまう。黄金比は、美しさの比率というより「そろわないこと」の比率なのかもしれません。

ひとつ注意も添えておきます。6.854対1は、無限に広げたときに近づく値です。手元で数枚並べて確かめられる数字ではありません。

出典・参考資料

  1. An aperiodic monotileCombinatorial Theory 4(1) #6 (2024) / D. Smith, J. S. Myers, C. S. Kaplan, C. Goodman-Strauss
  2. Quasicrystalline structure of the hat monotile tilingsPhysical Review B 108, 224109 (2023) / J. E. S. Socolar(arXiv版)
  3. Chiral diffraction from aperiodic monotile structureNature Communications (2026) / Y. Moritake, M. Takiguchi, T. Aihara, M. Notomi
  4. 【記者発表】数学の未解決問題から生まれた「不思議なタイル」で風車のような光の模様を観測東京大学生産技術研究所
  5. An aperiodic monotile(プロジェクトページ)Craig S. Kaplan / University of Waterloo
  6. Dynamics and topology of the Hat family of tilingsM. Baake, F. Gähler, L. Sadun / arXiv:2305.05639