黄金比研究所Golden Ratio Lab
歩幅 ÷ 脚長 = 2.0 相対歩幅(歩きと走りの境目)
もうひとつの最適比

ティラノサウルスは、なぜ「歩いていた」と分かるのか ― 歩幅と脚の長さの比

2026年9月、成体のティラノサウルスとみられる連続した足あとが初めて報告されました。たった4つの跡から歩く速さが読めるのは、歩幅を脚の長さで割った無次元の比が、体の大きさを消してしまうからです。

2026年9月28日更新 2026年10月19日文・黄金比研究所編集部

歩行は、脚を支柱にした逆さ振り子 腰 腰が通る弧 左足 右足 左足 歩幅 λ 約 4.0 m 脚の長さ h 約 3.2〜4.9 m 相対歩幅(歩幅 ÷ 脚の長さ)で並べる 0 1 2 3 歩 き 中 間 走 り ティラノサウルス 約0.8〜1.2 人の散歩 約1.67 図:黄金比研究所
上:歩行は脚を支柱にした「逆さ振り子」。下:歩幅を脚の長さで割ると、体の大きさが消える。

この記事の要点

  • 足あとから速さを読むとき、手がかりになるのは歩幅そのものではなく、歩幅を脚の長さで割った比です。この比が約2.0までは歩き、約2.9を超えると走りとされます(サルボーン1982ほか)。
  • 2026年9月に報告された成体ティラノサウルスとみられる足あと列は、歩幅およそ4.0m。脚の長さの見積もりは3.2〜4.9mと幅がありますが、比にすると0.8〜1.2で、どう見積もっても境目の2.0には届きません。
  • 体の大きさを消すこの比が効くのは、歩行が「脚を支柱にした逆さ振り子」だからです。振り子から浮き上がらない条件が、大きさによらない上限を決めています。

比率の正体 ― 歩幅そのものは速さを語らない

2026年9月8日、米国ノースダコタ州のヘルクリーク層で見つかった大型の三本指の足あと列が、学術誌 Journal of Vertebrate Paleontology に報告されました。約6650万年前の地層で、成体のティラノサウルスのものらしいとされます。ティラノサウルス類の足あと列自体は2014年にカナダなどで報告されていますが、成体のティラノサウルスとみられる連続した跡は初めてです。

報告された数字は素朴です。足あとは4つ、列の長さはおよそ7m。足あと1つの長さは約0.9〜1.0m、幅は約0.8m。そして同じ足がふたたび着くまでの間隔、つまり歩幅はおよそ4.0mでした。

ここで「歩幅4mなら大股だ」と考えると、話を取り違えます。歩幅は体が大きいほど自動的に長くなるからです。速さを比べたいなら、体の大きさを先に割り落とす必要があります。そこで使うのが、歩幅を腰の高さ(脚の長さ)で割った値です。相対歩幅と呼ばれ、単位を持ちません。

相対歩幅 = 歩幅 λ ÷ 脚の長さ h単位が打ち消し合うので、ネズミでも恐竜でも同じ物差しで比べられます

なぜこの比が最適な物差しなのか ― 脚は逆さ振り子である

歩いているとき、体は伸ばした脚の上を弧を描いて乗り越えていきます。脚を支柱にした逆さ向きの振り子だと考えると、腰は半径 h の円弧の上を進むことになります。

円弧を進むには、内側に引き戻す力が要ります。必要な加速度は v²/h です。この力を出せるのは重力だけで、地面は押すことしかできず、体を引き下ろすことはできません。したがって v²/h が重力加速度 g を超えると、体は円弧から浮き上がってしまいます。歩行が成り立つ上限は次の形になります。

v² ÷ (g h) ≦ 1この左辺がフルード数。速さを「大きさ」で割り戻した無次元の比です

大事なのは、この条件に体重も筋力も出てこないことです。効くのは脚の長さ h だけ。つまり大きさの違う動物どうしを比べる正しい軸は、速さそのものではなく、この比ということになります。アレクサンダーとジェイズは1983年、フルード数が等しいとき動物は互いに相似な歩き方をする、という仮説を提出しました(Journal of Zoology 201巻135〜152頁)。主に四足の哺乳類で検証された仮説ですが、二足の動物にもおおむね当てはまるとされます。相対歩幅はこのフルード数と連動するので、化石の足あとからでも同じ物差しが使えます。

理論上の限界はフルード数1ですが、人が実際に走りに切り替えるのは0.5あたりとされます。余裕を残して切り替えているわけです。脚の長さ0.9mの人なら、毎秒2.1m(時速7.6km)ほどが目安になります。

4つの足あとを、実際に計算してみる

難しいのは脚の長さです。骨は残っていないので、足あとから推定します。アレクサンダーは1976年に「腰の高さ ≒ 足あとの長さ×4」という目安を示し、後にサルボーンは大型の獣脚類には×4.9を当てるべきだとしました。足あと0.9〜1.0mなら h は3.6〜4.9mです。一方、骨格から見積もられる腰の高さは3m前後とされ、こちらは低く出ます。そこで h = 3.2〜4.9m と幅を持たせます。

項目値
歩幅 λ約 4.0 m
脚の長さ h3.2 〜 4.9 m
相対歩幅 λ/h0.8 〜 1.2
速度(計算値)1.2 〜 2.0 m/s(時速4.4〜7.2km)
フルード数0.03 〜 0.13

相対歩幅は0.8〜1.2。歩きと走りの境目とされる2.0の、半分ほどしかありません。走りの目安2.9とは比べるまでもない。脚の長さをどう見積もっても結論が動かないところが、この比の強みです。

速さも確かめておきます。アレクサンダーの式 v = 0.25 × g0.5 × λ1.67 × h−1.17 に λ=3.96m を入れると、h=3.2mで毎秒2.00m、h=4.9mで毎秒1.21m。報告されている毎秒1.5〜2.0mは、この幅の速い側にあたります。2021年には、尾が自然に揺れる振動数からティラノサウルスの好んだ歩行速度を毎秒1.28m(毎秒0.80〜1.64m)と見積もった研究もあります。足あとから出る値は、そちらの上端か、やや上回るあたりに位置します。

参考までに、人が気持ちよく歩くときの歩幅は、同じ足が着くまでで1.5m前後、脚の長さは0.9m前後です。相対歩幅にすると約1.67。比で見るかぎり、この恐竜の歩きぶりは人の散歩よりゆるやかだったことになります。ただし絶対的な速さでは、人の散歩と同程度かやや速い程度です。

1976年、恐竜に速度計を当てた式

この物差しを持ち込んだのは、英国の動物学者マクニール・アレクサンダーです。1976年、彼は生きた動物の歩幅と速さを測り、そこから得た関係を恐竜の足あとに当てはめました(Nature 261巻129〜130頁)。結論は当時の想像を裏切るものでした。恐竜たちの速さは毎秒1.0〜3.6m、つまり人の歩行から、そこそこの走り程度にすぎなかったのです。

この手法の良いところは、必要な材料が歩幅と足あとの大きさだけという点です。骨がなくても、地面に残った跡さえあれば計算できます。弱点も同じところにあります。腰の高さは足あとから推定するしかなく、係数が変わると答えも動きます。柔らかい地面ではさらに厄介です。2025年、今回の論文の筆頭著者らを含むグループが、泥の上を歩く現生の鳥でこの式を試したところ、算出値が実測の1.17〜4.74倍になったと報告しました。足が沈んで跡が実物より大きく残るためです。今回の足あとも風化して縁が不明瞭で、数字は幅をもって受け取る必要があります。

俗説チェック ― 時速70kmで追いかけてくる姿

「ティラノサウルスは時速70kmで走り、車で逃げても追いつかれる」

映画の印象で広まった話ですが、かつては研究者のあいだにも毎秒20m級を主張する説がありました。現在は支持しにくいとされています。時速70kmは毎秒19.4m。脚の長さ3.6〜4.9mで計算するとフルード数は8〜11になり、人が全力疾走するときと同じ水準です。体重が数トンある動物には、筋肉も骨も足りないと考えられています。

ハッチンソンとガルシアは2002年、速く走るために必要な脚の伸筋の量を計算し、ティラノサウルスの体では現実的でない量が要ると報告しました(Nature 415巻1018〜1021頁、論文の題はそのまま「ティラノサウルスは速い走者ではなかった」)。2017年に骨や関節にかかる力から検討した研究も、走りではなく速い歩きが上限だったとする見方を支持しています。

逆算すると、脚の長さ3.6mの動物が歩行から走行へ移る目安(フルード数0.5)は毎秒約4.2m、時速にして約15kmです。仮に走れたとしても、その手前に厚い壁があったことになります。

黄金比研究所の見立て

今回の比に黄金比は出てきません。出てくるのは0.8〜1.2という、境目2.0から見れば控えめな数字です。それでも扱う価値があるのは、比にした瞬間に体の大きさが消えるからです。

歩幅4mは、6600万年を隔てた動物の数字です。そのままでは人の1.5mと比べようがありません。ところが脚の長さで割ると、1前後と1.67という、同じ土俵の数字になります。しかも速さの見積もりが毎秒1.2mから2.0mまでぶれるのに対し、比のほうは「2.0に届かない」という結論を変えません。

比率を扱う仕事の多くは、この「割って揃える」作業に尽きます。何で割れば大きさの違いが消えるのか。逆さ振り子という仕組みを見抜いた人だけが、割るべき相手が脚の長さだと分かります。比は仕組みから出てくるのであって、その逆ではありません。

そして残った4つの足あとは、走る肉食獣ではなく、湿った岸辺をゆっくり歩いていく一頭の姿を示しています。

出典・参考資料

  1. A large tridactyl trackway from the Upper Cretaceous Hell Creek Formation of North Dakota, likely attributable to an adult Tyrannosaurus rexJournal of Vertebrate Paleontology, e2706201(Falkingham ほか, 2026)
  2. Estimates of speeds of dinosaursNature 261, 129–130(R. McN. Alexander, 1976)
  3. A dynamic similarity hypothesis for the gaits of quadrupedal mammalsJournal of Zoology 201(1), 135–152(Alexander & Jayes, 1983)
  4. Speeds and gaits of dinosaurs(相対歩幅2.0/2.9による歩・中間・走の区分)Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 38(3–4), 227–256(R. A. Thulborn, 1982)
  5. Speeds of dinosaurs from the Albian–Cenomanian of Patagonia and sauropod stance and gait(腰高の推定係数と歩様区分の整理)Acta Palaeontologica Polonica 46(2), 235–246(Mazzetta & Blanco, 2001)
  6. Natural Frequency Method: estimating the preferred walking speed of Tyrannosaurus rex based on tail natural frequencyRoyal Society Open Science 8, 201441(van Bijlert ほか, 2021)
  7. Speed from fossil trackways: calculations not validated by extant birds on compliant substratesBiology Letters 21(6), 20250191(Prescott ほか, 2025)
  8. Tyrannosaurus was not a fast runnerNature 415, 1018–1021(Hutchinson & Garcia, 2002)
  9. Investigating the running abilities of Tyrannosaurus rex using stress-constrained multibody dynamic analysisPeerJ 5, e3420(Sellers ほか, 2017)
  10. A 'Terror of Tyrannosaurs': The First Trackways of Tyrannosaurids and Evidence of Gregariousness and Pathology in TyrannosauridaePLOS ONE 9(7), e103613(McCrea ほか, 2014)