ブラックホールのジェットは、なぜ「2%」で噴き出すのか ― 10万倍の質量差をまたぐ比
星を飲みこんだブラックホールが、数百日から数千日もたってから二度目の電波ジェットを噴き出します。引き金は、餌の量が「重力と放射圧が釣り合う限界の約2%」まで落ちることだとされます。質量が10万倍違っても同じ割合です。
この記事の要点
- ブラックホールが食べられる量の目安となる上限が「エディントン限界」です。光の圧力と重力がちょうど釣り合う明るさを指します。
- ジェットが噴き出す境目は、その限界の約2%。限界を1とすれば、約50分の1の餌の量にあたります。
- 限界も重力も質量に比例するので、割り算をすると質量が消えます。だから太陽の10倍と100万倍で同じ2%が成り立つとされます。
比率の正体 ― 「1」は重力と光が釣り合う点
ブラックホールは、まわりのガスを渦巻く円盤(降着円盤)にして飲みこみます。落ちこむガスは摩擦で熱くなり、強い光を出します。ところがその光は、ガスを外へ押し返す力にもなります。押し返す力が引きこむ重力に追いついたところが、飲みこみの上限です。これをエディントン限界と呼びます。
電子1個が光から受ける押し上げの力は、光の流れに電子の「受け止める面積」(トムソン断面積)をかけ、光の速さで割った大きさになります。いっぽう重力は電子と陽子の組ひとつにかかり、質量のほとんどは陽子が持ちます。この2つが釣り合う明るさを解くと、次の式になります。
編集部で計算し直すと、太陽1個分の質量あたり1.257×10³⁸ erg/s。よく引かれる値1.26×10³⁸とほぼ一致しました。太陽質量の10倍なら約1.26×10³⁹ erg/s(太陽の約33万倍の明るさ)、100万倍なら約1.26×10⁴⁴ erg/sになります。
なぜ2%で切り替わるのか
2026年9月17日、学術誌 Nature Astronomy に出た研究は、星がブラックホールに引き裂かれる「潮汐破壊現象」を20例集め、そのうち精度よく説明できる10例を調べました。すると電波のジェットは二段構えで出ていました。一段目は飲みこみが極端に激しい最初の時期。二段目は、星が裂かれてから数百日から数千日、およそ1年から数年以上たってからです。
二段目が点く時刻を餌の量に読み替えると、どの天体でもエディントン限界の約2%まで落ちた頃にそろうとされます。限界を1とすれば、約50分の1です。
なぜその辺りで変わるのか。餌が多いときの円盤は、熱を光として外に捨てながら薄く広がります。餌が減ると、熱を光にする前にガスごと内側へ運んでしまう状態に移り、円盤の内側がふくらんで磁力線を束ねやすくなる、と考えられています。ジェットはこの束ねられた磁力線に沿って噴き出すとされます。ただし切り替わりの仕組みそのものは、まだ決着していません。
太陽の10倍と100万倍で、同じ割合になるか
面白いのは、同じ2%が天の川銀河の小さなブラックホールでも前から知られていた点です。
| 対象 | 質量の目安 | 切り替わる割合 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 恒星質量ブラックホール(X線連星) | 太陽の約10倍 | 1.9 ± 0.2%(6天体の加重平均) | Maccarone 2003 |
| 同じ対象・別の標本 | 太陽の約10倍 | 約1.6〜3.2%(11天体・19回の増光) | Vahdat Motlagh ほか 2019 |
| 超大質量ブラックホール(潮汐破壊現象) | 太陽の数十万〜数百万倍 | 約2%(10例) | Goodwin & Mummery 2026 |
マッカローネは2003年、距離と質量が信頼できるX線連星だけを選び、明るい状態から暗い状態へ切り替わる明るさを集めました。ブラックホール候補6天体の加重平均はエディントン限界の1.9±0.2%。全体では1〜4%の範囲に収まり、当時よく引かれていた値より低いという結果でした。
質量が10倍と100万倍、つまり10万倍違っても同じ割合で語れるのは、限界そのものが質量に正比例するからです。重力も、事象の地平線の半径も質量に比例します(自転しないブラックホールの場合、太陽質量の10倍で約30km、100万倍で約295万km)。割り算をすれば質量は消え、残るのは「限界の何パーセントか」という単位のない数だけになります。だから桁の違う天体を同じ図に並べられます。
俗説・誤解チェック
吸いこむ速さには目安となる上限があります。限界を超えて飲みこもうとすると、出てくる光がガスを押し返し、流入を妨げるとされます。エディントン限界は、その目安に付けられた名前です。ただし一時的にこれを超える「超エディントン」の時期もあり、本記事でふれる一段目のジェットはその時期にあたります。
2%という値も、どの天体でもぴったり同じではありません。2019年の研究は11天体・19回の増光を調べ、切り替わりの明るさの対数平均を −1.70±0.21(約2.0%)、べき乗成分でより暗い側の切り替わりを取ると −1.80±0.25(約1.6%)、円盤成分で測ると −1.50±0.32(約3.2%)と報告しました。±0.21は約1.6倍の幅にあたります。つまり実情は「2%前後、ただし倍ほどのばらつきあり」です。
そして今回の研究は、潮汐破壊現象10例という少ない標本に基づきます。「質量をまたいで同じ」という見立ては、これから確かめられる段階にあると見るのが妥当でしょう。
黄金比研究所の見立て
この話の芯は2%という数字ではなく、「1」の置き方にあると考えます。重力と光の押し返しが釣り合う点を1と決めた瞬間に、式から質量が消えました。その目盛りの上では、太陽10個分のブラックホールと100万個分のブラックホールが、同じ横軸に並びます。
黄金比研究所がこれまで扱ってきた比も、多くは同じ作りをしています。A判の紙の1:√2は紙の大きさに依りません。ウエストと身長の比は、体の大きさを消すために選ばれた比でした。良い比率は、たいてい「消したいものを消す」ための目盛りです。今回のエディントン比は、その中でもとくに守備範囲の広い一例だと言えます。
出典・参考資料
- A universal critical accretion rate for black hole jet formationNature Astronomy (Goodwin & Mummery, 2026), doi:10.1038/s41550-026-02951-1
- Do X-ray binary spectral state transition luminosities vary?Astronomy & Astrophysics 409, 697-706 (Maccarone, 2003), doi:10.1051/0004-6361:20031146
- Investigating state transition luminosities of Galactic black hole transients in the outburst decayMNRAS 485, 2744 (Vahdat Motlagh, Kalemci & Maccarone, 2019)
- IAS Scholar Reveals Universal Rule of Black Hole "Burps"Institute for Advanced Study
- Eddington limitAn Etymological Dictionary of Astronomy and Astrophysics, Observatoire de Paris