住宅の階段は、なぜ急なのか ― 法律の限界56.9°と、350年続く目安2R+T=63cm
階段の上りやすさを決めるのは、蹴上げと踏面のたった2つ。「蹴上げ2つ+踏面1つで約63cm」という350年前の式は、なぜ今も各国の基準に残るのか。日本の住宅に認められた限界、約56.9度から考えます。
この記事の要点
- 階段の上りやすさは、蹴上げ(一段の高さ)R と踏面(足を置く奥行き)T のたった2つで決まります。目安は「2R+T=55〜65cm」です。
- 水平に歩く一歩ぶんの長さを、段を上る仕事に振り分けたのがこの式です。高さ1cmは、奥行き2cmぶんの手間にあたる、という配分になっています。
- ただし合計が同じでも勾配は同じになりません。日本の建築基準法が住宅に認める限界は、角度にすると約56.9度です。
階段を決めているのは、2つの数字だけ
階段の図面には、たくさんの寸法が並びます。しかし上り下りのしやすさを決めているのは、実質2つだけです。一段の高さである蹴上げ(けあげ、R)と、足を置く奥行きである踏面(ふみづら、T)です。
この2つには、古くから知られた目安があります。
足し算なのに、なぜ蹴上げだけ2倍するのか。ここがこの式の要点です。単なる語呂合わせではなく、上る動作の中身を数字に置き換えた配分になっています。
なぜ蹴上げだけ2倍するのか
平らな道を歩くとき、人が一歩で進む距離は60〜65cm程度とされます。階段では、この一歩ぶんの余力を「前に進む」と「上に上がる」に分け合うことになります。
上に上がるほうが、体には重い仕事です。同じ距離でも、水平に進むより高さを稼ぐほうが、脚の筋肉は多く働きます。そこで「高さ1cmは、奥行き2cmに相当する」と見積もり、両方を合わせて一歩ぶんに収める。それが 2R+T という形です。
式を眺めると、性質がよく分かります。合計を一定に保つなら、蹴上げを1cm下げれば踏面は2cm広げられます。段差を小さくすると、階段全体は急に長くなる。限られた床面積の中で、この綱引きをどこで止めるかが設計の判断になります。
合計だけでは、勾配は決まらない
ここに落とし穴があります。2R+T=63cm を満たす組み合わせは、無数にあるのです。
| 踏面 T | 蹴上げ R | 2R+T | 角度 |
|---|---|---|---|
| 17cm | 23cm | 63cm | 53.5° |
| 21cm | 21cm | 63cm | 45.0° |
| 25cm | 19cm | 63cm | 37.2° |
| 29cm | 17cm | 63cm | 30.4° |
どれも合計は同じ63cmです。しかし勾配は53度から30度まで開きます。合計は「一歩ぶんの労力」を揃えるだけで、傾きまでは縛らないからです。だから上りやすさを決めるには、合計の式と、R と T の比の上限と、2つの条件が要ります。
日本の法律は、どちらも縛っていない
ところが日本の建築基準法施行令第23条には、そのどちらもありません。同条が定めているのは、蹴上げの上限と踏面の下限を、それぞれ別々に置くことだけです。合計にも比にも歯止めはありません。
条文は階段を用途で分け、一般的な建物(四号)は蹴上げ22cm以下・踏面21cm以上としています。角度にすると約46.3度です。ところが同じ条にただし書きがあり、住宅の階段(共同住宅の共用階段を除く)は蹴上げ23cm以下・踏面15cm以上とすることができるとされています。
この緩和いっぱいで作ると、2R+T は61cmで目安の帯に収まってしまうのに、角度は約56.9度になります。ほとんど梯子に近い傾きです。住宅だけが、はっきり緩い扱いを受けているわけです。
この差を埋めているのが、任意の上位基準です。住宅性能表示制度の評価方法基準(平成13年国土交通省告示第1347号)は、高齢者等配慮対策等級の階段について、合計を「550mm以上650mm以下」とし、さらに勾配の上限を等級3で22/21以下、等級4・5で6/7以下と定めています。6/7は角度にすると約40.6度です。等級3ではこれに加えて踏面195mm以上も求められます。合計と比の両方を課してはじめて、上りやすさの範囲が絞り込まれます。
350年前のフランスで生まれた式
この考え方の出どころは、17世紀フランスの建築家フランソワ・ブロンデル(1618〜1686)とされます。彼は1671年、創設まもない王立建築アカデミーの初代教授に就き、その講義をまとめた『建築講義』(第1部の刊行は1675年)の中で、階段の寸法を歩幅から導く規則を示したと伝えられています。
当時の単位で言えば、合計は2ピエ(pied du roi)。1ピエは約32.5cmなので、2ピエは約65cmにあたります。現代の目安63cm前後と、ほとんど変わりません。
この式は、いまも各国の基準に残っています。イングランドの建築規制の技術指針 Approved Document K(2013年版)は、住宅用階段について蹴上げ150〜220mm・踏面220〜300mm、勾配は42度以下と定め、さらに「2R+G は通常550mmから700mmの間になる」と明記しています。表記こそ違え、日本の性能表示基準と同じ形です。
「63cm」は絶対の数字か
そうとは限りません。むしろ近年は、この式だけに頼ることへの疑問が出ています。
英国建築研究所(BRE, Building Research Establishment)の M. S. Roys は2001年の論文で、階段は利用頻度を考えると建物内で最も危険な場所のひとつだとしたうえで、踏面を広くすることが重傷事故の減少につながると論じました(Applied Ergonomics 32巻2号)。
同じ Roys 氏が執筆し、英国の住宅・地域社会省の委託で2025年に公表された報告書は、さらに踏み込んでいます。Approved Document K の住宅階段規定を見直すべきかを検討するための証拠集で、2R+G の式がブロンデルに由来することに触れたうえで、現代人の歩幅は当時より大きいため、この式が示す範囲は以前ほど意味を持たないのではないか、としています。実験と全国調査をもとに踏面を250mm以上へ広げる案を検討し、踏面190〜200mmの階段は250〜260mmの階段より事故の報告が約6倍多かったとしています。
つまり、合計を揃える発想そのものが、踏面が狭すぎる場合には安全を保証しないということです。式は上りやすさの目安であって、事故を防ぐ設計条件とは別だ、と考えるほうが正確でしょう。
黄金比研究所の見立て
2R+T=63cm は、黄金比ではありません。1:1.618 はここには出てきません。人の一歩という身体の寸法を、高さと奥行きに2対1で配分しただけの、素朴な式です。
それでも350年残ったのは、この式が「守るべき数字」ではなく「交換のレート」を表しているからだと考えます。段差を1cm下げたいなら、奥行きを2cm差し出す。限られた床の中で何を諦めるかを、設計者に突きつける形になっています。
そして今回はっきりしたのは、比率の式がひとつでは足りないということです。合計だけでは勾配が決まらず、勾配だけでは一歩の労力が決まりません。日本の住宅階段が約56.9度まで許されているのは、法令が蹴上げと踏面の上限・下限を別々に置くだけで、比にも合計にも歯止めを置いていないことの裏返しです。家を建てるとき、あるいは選ぶときに見るべき数字は、段数でも幅でもなく、蹴上げと踏面の2つだと言えます。
出典・参考資料
- 建築基準法施行令 第二十三条(階段及びその踊場の幅並びに階段の蹴上げ及び踏面の寸法)e-Gov法令検索(デジタル庁)
- 評価方法基準(平成13年国土交通省告示第1347号)9 高齢者等への配慮に関すること国土交通省
- Approved Document K: Protection from falling, collision and impact (2013 edition, for use in England), Table 1.1HM Government
- Evidence to support potential changes to Approved Document K guidance on domestic stairs (2025)Department for Levelling Up, Housing and Communities
- Roys, M. S. “Serious stair injuries can be prevented by improved stair design”, Applied Ergonomics 32(2), 135–139 (2001)Elsevier / Applied Ergonomics