エスカレーターは、なぜ30度までなのか ― 段の間隔400mmが決める1段200mm
エスカレーターの勾配は法律で30度以下。踏段は鎖に沿って400mm間隔で並ぶため、勾配を決めると1段の高さも水平の進みも同時に決まります。30度なら高さ200.0mm・水平346.4mm、比は1 : √3。この配分の理屈を追いました。
この記事の要点
- エスカレーターの勾配は、建築基準法施行令で30度以下と定められています。
- 踏段は鎖に沿って400mm間隔で並びます。勾配を決めると、1段の高さと1段あたりの水平の進みが同時に決まります。
- 30度なら高さ200.0mm・水平346.4mm。比は1 : √3です。
勾配30度は、1 : √3という配分
エスカレーターの傾きは、法律で上限が決まっています。建築基準法施行令第129条の12は、エスカレーターの勾配を30度以下と定めています。踏段の幅は1.1m以下、踏段の端からハンドレール上端部の中心までは水平25cm以下、という寸法も同じ条文にあります。
30度という傾きを、高さと水平の比で書き直すと、きれいな数になります。高さ1に対して水平は1.7320…、つまり1 : √3です。メーカーの設計資料も、この比をそのまま使っています。三菱電機のカタログは、据え付けに必要な「基点間長さ」を、30度の機種では階高÷tan30°、35度の機種では階高÷tan35°と書いています。フジテックの仕様書では、35度の水平投影長さが「階高の1.428倍+α」と明示されています。1.732は1/tan30°、1.428は1/tan35°です。
なぜ急にできないのか ― 段の間隔が400mmで決まっている
では、なぜ30度で止めるのでしょうか。手がかりは、メーカーが公表している輸送能力にあります。
フジテックの標準型は、定格速度が30m/分、公称輸送能力が踏段幅600mmで4,500人/時、800mmで6,750人/時、1000mmで9,000人/時です。30m/分は1時間で1,800m。これを輸送能力で割ると、600mm幅では0.400m、800mm幅では0.267m、1000mm幅では0.200mになります。1段に乗る人数を順に1人・1.5人・2人と見れば、どの幅でも1段あたり0.4mに揃います。三菱電機のカタログの数値でも同じです。
公表値からの逆算ですが、踏段は鎖に沿って400mm間隔で並んでいると考えられます。この400mmは、傾きを変えても変わりません。変わるのは、その400mmが高さと水平にどう分けられるかだけです。
ここが階段との決定的な違いです。階段は、蹴上げ(1段の高さ)と踏面(足を置く奥行き)を別々に選べます。エスカレーターは選べません。斜面上の間隔が400mmに固定されているので、勾配を1つ決めた瞬間に、1段の高さも水平の進みも決まってしまいます。急にすれば段が高くなり、段を低くしたければ緩くするしかない。この二者択一が、勾配に上限を置く理由になります。
35度にすると、何がどれだけ変わるか
日本では2000年6月から、条件付きで35度が認められています。東京都の審議会資料によれば、30度を超えるエスカレーターの要件は平成12年建設省告示第1413号が定めており、勾配35度以下、定格速度30m/分以下、揚程6m以下などが並びます。国際交通安全学会誌に載った日立製作所の技術者による報告は、これに踏段の奥行き35cm以上、乗り口で2段以上が水平、車いす用ではないこと、を加えた5条件として整理しています。速度の上限は勾配で変わり、平成12年建設省告示第1417号は、8度以下を50m/分、8度超30度以下(踏段が水平なもの)を45m/分としています。
| 勾配 | 1段の高さ | 1段の水平 | 高さ : 水平 | 階高6mの水平長さ |
|---|---|---|---|---|
| 30度 | 200.0mm | 346.4mm | 1 : 1.732 | 10.39m |
| 35度 | 229.4mm | 327.7mm | 1 : 1.428 | 8.57m |
35度にすると、水平の長さは17.5%短くなります。階高6mなら1.8m分の床が空きます。これが、設置面積を気にする建物で35度が選ばれる理由です。引き換えに、1段は229.4mmまで高くなります。
この229.4mmという数字には、気になる符合があります。建築基準法施行令第23条は、共用階段以外の住宅の階段について、蹴上げを23cm以下、踏面を15cm以上と定めています。400mm × sin θ が230mmに達するのは、θが35.1度のときです。35度という上限は、住宅の階段で法律が許す段の高さと、ちょうど同じところで止まっています。ただし、両者を結びつける資料は見つかっていません。計算上の一致として書き留めておきます。
止まり方にも、同じ種類の配分がある
施行令第129条の12は、制動時の踏段の減速度を1.25m/s²以下と定めています。重力加速度の約1/7.8です。この数字が効いてくるのが、停止距離の基準です。制動装置の構造方法を定める平成12年建設省告示第1424号は、停止距離を次の式の値以上、かつ0.6m以下と定めています。
この9,000という数は、どこから来たのでしょうか。速度V(m/分)を秒速に直すとV/60です。減速度aで等加速度のまま止まるときの距離はv²/(2a)。a=1.25を入れると、(V/60)² ÷ 2.5 = V²/9,000。ぴったり一致します。つまり下限の式は、「1.25m/s²より急に止めてはいけない」という条件を距離に書き換えたものです。上限の0.6mは逆に「だらだら流れてはいけない」という条件で、2つの数字が止まり方を上下から挟んでいます。
「エスカレーターは階段より急」という思い込み
これは逆です。ブロンデルの規則として知られる2R+T=63〜65cm(Rは蹴上げ、Tは踏面)にのっとった階段は、たとえばR=180mm・T=270mmで勾配33.7度。30度のエスカレーターより急です。国土交通省の資料も、住宅性能表示制度の高齢者対策で2R+Tを55〜65cmの範囲に収めるよう求めてきました。
では、なぜエスカレーターの段のほうが高いのでしょうか。同じ200mmの蹴上げを階段で作ると、仮に2R+T=630mmとすれば踏面は230mmで、勾配は41.0度になります。エスカレーターは同じ200mmの段差を、水平346.4mmかけて上がります。1段の水平が階段の1.5倍あるので、傾きは緩いのに段は高い。段が高いのは急だからではなく、1段に両足で立つための奥行きを取っているからです。
同じ理由で、止まったエスカレーターは歩きにくくなります。踏面が広く段が高い寸法は、立つためのもので、歩くためのものではありません。
黄金比研究所の見立て
この話の芯は、「400mmという長さを、高さと水平にどう分けるか」という一点にあります。黄金比は出てきません。出てくるのは、分け方が勾配ひとつで決まってしまうという、ややあっけない事実です。
階段の設計が長く2R+Tという足し算の目安を使ってきたのに対し、エスカレーターは三角関数の掛け算で決まります。選べる自由度が1つしかないからです。自由度が減ると、設計は楽になる代わりに、妥協点がむき出しになります。30度は、段の高さと床の節約が釣り合う場所に置かれた線でした。35度の特例が「速度を落とし、揚程を6mまでにし、奥行きを35cm以上にする」という条件付きなのも、同じ釣り合いを別の手で取り戻そうとした結果だと読めます。
比率の記事を書いていると、美しい比のほうに目が行きます。けれども1 : √3は、美しさの結論ではありません。400mmという一本の長さを、人が立てる広さと建物が許す床の広さの間で割ったときに、たまたまそう書ける、というだけのことです。
出典・参考資料
- 通常の使用状態において人又は物が挟まれ、又は障害物に衝突することがないようにしたエスカレーターの構造及びエスカレーターの勾配に応じた踏段の定格速度を定める件(平成12年建設省告示第1417号)国土交通省
- 標準型エスカレータ 仕様一覧・寸法表フジテック株式会社
- エスカレーターの安全性に関する法令、規格、基準と行政機関等の取組東京都消費生活対策審議会
- 齋藤忠一・小嶋和平「エスカレーターの安全性・快適技術の進歩」国際交通安全学会誌(2002年10月)国際交通安全学会
- 三菱エスカレーター 総合カタログ(傾斜角度30度・35度の仕様)三菱電機
- 階段に関する基準の変遷と2R+Tの範囲(建築基準法施行令第23条の蹴上げ・踏面)国土交通省
- 建築基準法に関する質疑応答集(住宅の階段のけあげ23cm以下・踏面15cm以上)福岡市