モデュロールの113cmは、へそを測った値なのか ― 6フィートを黄金比で割った数
ル・コルビュジエの寸法体系モデュロールは、黄金比でできているとされます。ただ、起点の183cmは人体の統計ではなく、6フィートという慣習から来ていました。113cmはその計算結果とみられます。半インチで数え直すと、理由が見えます。
この記事の要点
- モデュロールの基準寸法113cmは、へその高さを実測した値ではなく、基準身長183cm(6フィートに相当)を黄金比で割った113.03cmを丸めた数とみられます。
- 起点が1.75mから1.83mへ変わった理由として記録に残るのは、人体の統計ではなく、メートル法とフィート・インチ法の折り合いと、6フィートという慣習でした。
- 6フィートを半インチで数えると144。黄金比で割っていくと89・55・34・21と、ほぼフィボナッチ数が並びます。「きれいな数字」はセンチ側ではなくインチ側に出ています。
ル・コルビュジエが1950年に『ル・モデュロール』として発表した寸法体系は、黄金比をよりどころにした設計の道具として知られています。腕を上げた人の姿に数列が重なるあの図を、どこかで見た方も多いはずです。では、その数列の出発点にある113cmという数字は、どこから出てきたのでしょうか。
赤の数列と青の数列
モデュロールは2本の数列からできています。赤の数列は27・43・70・113・183cm、青の数列は53・86・140・226cm。青は赤を2倍したものですが、丸める前の値を2倍しているため、27に対しては54ではなく53が並びます。226cmは腕を上げたときの指先の高さ、113cmはへその高さ、183cmは身長にあたるとされます。
赤の数列は、隣りあう2つを足すと次の数になります。27+43=70、43+70=113、70+113=183。フィボナッチ数列と同じ作り方です。この作り方をすると、隣どうしの比はしだいに黄金比に近づきます。
公表値どうしの比は、黄金比そのものではありません。数が小さくなるほどずれが大きくなり、43 ÷ 27 では1.5926と、黄金比より1.6%ほど小さくなります。センチ単位の整数に丸めた分のずれです。
基準身長は、人を測って決めたのではない
モデュロールのもとになった案は、1943年ごろ、事務所の若い建築家ハニングがまとめたものだとされます。腕を上げた高さ2.20mの人を1.10mの正方形2つに収め、その2つにまたがる3つめの正方形を重ねる、という構成でした。
このときの基準身長は、フランス人男性の平均とされた1.75m。基本単位は108cm、その倍は216cmでした。それが1946年に1.83mへ変わります。残っている理由は、人体の統計ではありません。ジャン=ルイ・コーエンは、1.83mが6フィートにあたるためメートル法とフィート・インチ法の対応が取れること、そしてこの値を見つけた協働者マルセル・ピィが探偵小説の愛読者だったことを挙げています。「探偵小説に出てくる美男子は、いつも6フィート」という逸話です(コーエンはアメリカの探偵小説、コルビュジエ自身の記述は英国の探偵小説としています)。マメーリはさらに、1.75mをフィートに直すと5.7414…フィートという扱いにくい小数になるのに対し、6フィートで試すときれいな目盛りが並んだと書いています。
ここで、基準身長を黄金比で割ってみます。
つまり113cmは、へそを測って得た値ではなく、身長から計算した値とみられます。113 ÷ 183 = 0.6175ですから、人体として外れた数字ではありません。けれども、数字が決まった順番は「人体 → 比率」ではなく「比率 → 人体の名前」でした。
半インチで数えると、フィボナッチ数が出てくる
では、6フィートにすると「きれいな目盛り」が出たというのは、どういう意味でしょうか。センチで見るかぎり113も183も半端な数です。そこで、半インチ(1.27cm)を1目盛りとして数え直してみます。
| 黄金比で割った回数 | 正確な値(半インチ) | 近いフィボナッチ数 | ずれ | センチに直すと | 公表値 |
|---|---|---|---|---|---|
| 0回(6フィート) | 144.000 | 144 | 0% | 182.88 | 183 |
| 1回 | 88.997 | 89 | −0.003% | 113.03 | 113 |
| 2回 | 55.003 | 55 | +0.006% | 69.85 | 70 |
| 3回 | 33.994 | 34 | −0.018% | 43.17 | 43 |
| 4回 | 21.009 | 21 | +0.044% | 26.68 | 27 |
144・89・55・34・21は、いずれもフィボナッチ数です。ずれは最大でも0.05%に届きません。センチに直したときの丸め幅(26.68が27になるのは+1.2%)とくらべると、桁がひとつ以上小さい値です。
仕組みは単純です。フィボナッチ数は、隣どうしの比が黄金比に近づくように並んでいます。ですから、数列のどれかひとつを単位の個数に選んでしまえば、そこから黄金比で割った先もフィボナッチ数の上に乗ります。6フィートは72インチ、半インチにして144個。これは12番目のフィボナッチ数です。
1.75mでは、こうはなりません。半インチに直すと137.795個で、144から4.3%ずれています。黄金比で割っても、その4.3%のずれは比のまま持ち越されるので、どの段もフィボナッチ数から約4.3%外れたままです。きれいな数は一度も出てきません。
1943年から1955年まで
モデュロールは一度で完成したものではありません。1943年ごろの案から数えて、本として出るまでに7年かかっています。『ル・モデュロール』が1950年、続編の『モデュロール2』が1955年です。
途中には訂正もありました。1948年、数学者タトンが、ハニングの作図では正方形になるはずの長方形が厳密には正方形にならないことを指摘したとされます。同じ年の12月にはエリザ・マイヤールが別の解き方を示し、フィボナッチ数列を生成の原理として提案したと伝えられます。マイヤールはクリュニー美術館の学芸員で、黄金分割についての著作がある人物でした。
マイケル・オストワルドは書評で、理想寸法の間隔が広すぎて実用に向かず、ずらした2本の数列を置くことで解決した経緯を整理しています。あわせて、幾何の約束事や記述に一貫性を欠く部分があること、測定の精度がまちまちであることも指摘しています。
「人体から導いた」という言い方
この言い方のうち、黄金比が体系の骨格であることは本当です。数列の作り方も公表されたとおりで、隠れた仕掛けはありません。疑わしいのは「実測」のほうです。起点の183cmは人体の統計ではなく6フィートという慣習から来ており、113cmはその計算結果とみられます。コルビュジエ自身はフィート・インチ法を「扱いがひどく難しい」と書いたとされますが、体系の起点は、そのフィートが決めたことになります。
もうひとつ、使うときの注意があります。赤と青の2本を並べると、使える寸法の目はかなり細かくなります。既存の建物を測って「モデュロールに合っている」と言うことのハードルは、その分だけ下がります。体系そのものを否定する話ではありませんが、一致を根拠に持ち出すときには気をつけたい点です。
黄金比研究所の見立て
モデュロールは「黄金比でできた建築」ではなく、「黄金比という割り算で作った寸法表」でした。比率は数列の形を決めますが、どこから始めるかは決めません。起点はいつも人が選びます。6フィートという選択がなければ、113も226もこの世になかったことになります。
そして、単位をまたいできれいな数を作ることはできません。黄金比は無理数ですから、センチとインチの両方で整数に乗ることはありません。センチで書かれた113・183・226は、インチ側で出たきれいな数を換算して丸めた姿だと考えると、半端さの理由が通ります。
いま同じことをするなら、やるべきは比率を選ぶことよりも、起点に何を選んだかを書き残すことだと思います。比率は、起点が決まってはじめて寸法になります。
出典・参考資料
- Le Corbusier's Modulor and the Debate on Proportion in FranceArchitectural Histories 2(1): 23 (2014), doi:10.5334/ah.by
- Le Corbusier and the American ModulorLC2015: Le Corbusier, 50 years later (Universitat Politècnica de València), doi:10.4995/LC2015.2015.984
- Review: The Modulor and Modulor 2 by Le CorbusierNexus Network Journal 3(1): 145-148 (2001), doi:10.1007/s00004-000-0015-0
- Modulor: Human body ratio according to Le CorbusierManuscript, Birkhäuser Basel (2007), pp.36-37