黄金比研究所Golden Ratio Lab
1:1.586 ID-1判カードの縦横比
俗説検証

クレジットカードは、なぜ黄金比ではないのか ― 1:1.586を決めたインチの都合

財布の中のカードは黄金比だ、とよく言われます。でも国際規格の数字を当たると、縦横比は1:1.5858。公差いっぱいまで動かしても黄金比には届きません。この半端な比率は、何が決めたのでしょうか。

2026年9月21日文・黄金比研究所編集部

ID-1判カードは、黄金長方形ではない 85.60 mm 53.98 mm 1 : 1.5858 85.60 mm ÷ 53.98 mm 破線は同じ幅の黄金長方形(1 : 1.6180/高さ52.90 mm) 1.08 mm 黄金比との差 縦横比の位置 規格の公差 1.5819–1.5898 黄金比 1.6180 1.57 1.63 図:黄金比研究所
同じ幅で比べると、カードは黄金長方形より1.08mm高い。規格の公差をすべて足しても、縦横比は黄金比に届かない。

この記事の要点

  • カードの大きさは国際規格ISO/IEC 7810の「ID-1判」で決まっていて、85.60mm×53.98mm。縦横比は1:1.5858です。
  • 黄金比1:1.6180とは約2%ずれます。規格が認める公差の端まで動かしても1.5819〜1.5898にしかならず、黄金比をまたぎません。
  • この寸法はもとがインチで、高さ53.98mmは2と8分の1インチとほぼ同じ。比率を先に決めたわけではありません。

比率の正体 ― 85.60 × 53.98ミリ

クレジットカード、運転免許証、マイナンバーカード。財布に入るカードの大きさは世界共通です。決めているのは国際規格のISO/IEC 7810「識別カード-物理的特性」で、この大きさはID-1判と呼ばれます。日本の対応規格はJIS X 6301「識別カード-物理的特性」で、内容はISO/IEC 7810と一致しています(現行は2023年版)。

85.60 mm × 53.98 mm × 厚さ0.76 mmISO/IEC 7810のID-1判。角の丸みの半径は2.88〜3.48mm

縦横比を計算します。85.60 ÷ 53.98 = 1.58577…。四捨五入して1.586です。黄金比は1.6180…ですから、たしかに近い。近いのですが、同じではありません。

公差まで見ても、黄金比には届かない

「製造のばらつきの範囲では黄金比かもしれない」と思うかもしれません。そこで規格の公差を見ます。ISO/IEC 7810は未使用のID-1判カードについて、幅85.47〜85.72mm、高さ53.92〜54.03mmと定めています。

いちばん横長になるのは、幅が最大で高さが最小のときです。85.72 ÷ 53.92 = 1.5898。いちばん縦長は 85.47 ÷ 54.03 = 1.5819になります。

公差いっぱいの範囲 1.5819 〜 1.5898黄金比1.6180は、この範囲の外側にある

つまり規格どおりに作られたカードは、どう転んでも黄金比にはなりません。ずれは約2%。数字だけ見ると小さく感じますが、寸法に直すと印象が変わります。幅85.60mmのまま黄金比にするなら、高さは52.90mmでなければいけません。実物より1.08mm低い。カード1枚の厚さ0.76mmより大きな差です。逆に高さ53.98mmを保つなら、幅は87.34mm必要で、1.74mm足りません。

2%は「ほぼ黄金比」と呼ぶには微妙な大きさです。参考までに、A4用紙(210×297mm)の縦横比は1.41429で、√2=1.41421との差は0.01%未満。同じ「近い」でも桁が違います。

なぜこの寸法なのか ― もとはインチだった

では85.60mmという半端な数字はどこから来たのでしょうか。手がかりは規格そのものにあります。ISO/IEC 7810の適用範囲には、SI単位とインチ単位の数値が丸められていて互いに厳密には一致しない旨の注記があり、元の設計はインチで行われたと書かれています。

インチに直すと腑に落ちます。高さ53.98mmは2.1252インチで、2と8分の1インチ(53.975mm)とほぼ一致します。厚さ0.76mmは0.0299インチ、つまり0.030インチです。幅85.60mmは3.3701インチ。公差の上限85.72mmが3.3748インチで、こちらは3と8分の3インチ(85.725mm)にあたります。

項目ミリインチ換算近いインチ表記
85.603.37013・3/8=85.725mm(公差の上限にあたる)
高さ53.982.12522・1/8
厚さ0.760.02990.030

縦横比は、設計の目標ではなく結果だったことになります。先にインチ刻みの寸法があり、ミリに丸めたら1.586になった。作る側が守りたかったのは、財布や読取機に収まること、エンボス加工や磁気ストライプが載ること。美しい比率ではありませんでした。

同じ規格の中に、1:√2の仲間がいる

おもしろいのは、ISO/IEC 7810がID-1判のほかにも大きさを決めていることです。ID-2判は105×74mm、ID-3判は125×88mm。この2つは、紙のA7判・B7判とまったく同じ寸法です(ISO 216)。ID-3判は旅券(パスポート)に使われている大きさです。

比を出すと、ID-2判は1.4189、ID-3判は1.4205。√2=1.41421に対してそれぞれ0.33%、0.44%のずれです。これは1:√2の系列を整数ミリに丸めた結果です。同じ1冊の規格の中で、紙から来た大きさは√2、カードから来た大きさはインチ由来の1.586。出自がはっきり分かれています。

俗説チェック ― 「黄金比だから手になじむ」

カードは黄金比でできているから美しく、手になじむ。

この説明は、カード会社の公式サイトでも見かけます。たとえばJCBの解説ページは、縦横の比率を「人間が美しさを感じる黄金比(1:1.618)に近い」と書いています。「近い」という書き方自体は正確ですが、読む側はしばしば「黄金比である」と受け取ります。

黄金比の紹介で知られるGary Meisner氏のサイトも、本文では「クレジットカードは黄金長方形の形をしている」と書いています。一方、同じページの読者コメントへの返信では、幅85.60mmに対する黄金比の高さは52.90mmで、実物はそれより約1mm大きいと認めたうえで、見て分かる差ではないと述べています。同じページの中で、見出しの断定と細部の但し書きが食い違う。俗説の広まり方がよく出ています。

そもそも、見分けがつかないことと、その比率で設計されたことは別の話です。

手になじむ理由を説明するなら、比率より先に挙げるべきものがあります。大人の手のひらに収まる85.60mmという絶対的な長さ、0.76mmという薄さ、角の丸み、そして世界中の機械が同じ寸法を前提にしていること。比率はその副産物です。

黄金比研究所の見立て

ID-1判の縦横比1:1.5858は、黄金比ではありません。公差の端まで見ても黄金比をまたがず、規格自身が「元の設計はインチ」と認めています。判定は俗説とします。

ただし、たまたまの比率だから価値がない、とは考えません。むしろ逆です。幅の許容差はわずか0.25mm。この狭さがあるから、どこの国で作ったカードでも、どこのATMでも同じように通ります。カードを支えているのは美しい比率ではなく、公差を押さえ込む規格の粘り強さのほうです。

比率を探すなら、財布の中より規格書の数字の並びを見たほうがおもしろい。今回はそう感じました。

出典・参考資料

  1. ISO/IEC 7810:2019 Identification cards — Physical characteristics 第4版(プレビュー版PDF/寸法・公差・適用範囲の注記)ISO/IEC
  2. ISO/IEC 7810:2003 Identification cards — Physical characteristics(プレビュー版PDF)ISO/IEC
  3. JIS X 6301:2023 識別カード-物理的特性(閲覧版PDF/ISO/IEC 7810:2019とIDT)日本規格協会
  4. ISO 216:2007 Writing paper and certain classes of printed matter — Trimmed sizes(プレビュー版PDF/A7・B7判)ISO
  5. クレジットカードのサイズや比率は?国際規格をわかりやすく解説JCB
  6. Credit Cards and Golden Ratio ProportionsThe Golden Number(Gary Meisner)